百聞は一見に如かず

久米梨紗子

「留学しないで国際理解は進むか」という問いに対して、私は「ある程度は進む」と答えたい。国際理解を進めるために1番大切なことは、多様な文化を理解し、受け入れる寛容さを身に着けることだと思う。私は留学中、アメリカ人の友達とスパゲッティについて話し合ったことがある。どんなスパゲッティが好きかという話だ。私が醤油などで味付けされた和風のものがさっぱりしていて好きだと答えたとき、彼はとても怪訝そうな顔をした。そして「そんなものはスパゲッティではない。日本人の味覚は変だ。日本人はスパゲッティの食べ方を知らない。」と言った。「何もそんなに否定することはない、おいしいから日本に来た時食べてみなよ、1回だけでも!」と勧めたが、かたくなに拒否された。「えー1度だけ!異文化体験!」とごね続けると「文化を押し付けるな。」と言われてしまった。しょせんスパゲッティ。くだらない話だ。それでも、自分にとって当たり前であるものを全否定されることは、真面目、くだらないに関わらず悲しいものなのだと学んだ。彼もまさかスパゲッティの話で私を悲しませることがあるなんて思いもよらなかっただろう。でも、こういうことが、異文化交流なんだと思う。そうやって、自分の無意識のうちに他人を少なからず傷つけてしまう危険性を大いにはらんでいるのが、異文化交流なんだと思う。そして、国際理解を進めるためには、無意識のうちに人を傷つけることがないような、どんな文化も好む好まざるにかかわらず、理解し受け入れることができる人になる必要があるのだと思う。

ところで、私のような経験は海外でしかできないのだろうか?けっしてそんなことはない。日本にも留学生の人など、外国人の方はたくさんいる。そのような人達と積極的に関わればいいのだ。たくさん話していく中で、いくつもの新しい文化、考え方に出会うことができる。そのような出会いを積み重ねれば積み重ねるほど、異文化への寛容さは深まっていくと思う。日本にいても積極的に異文化交流ができる場を探し求めれば、自分で異文化感性は磨いていくことができる。しかしながら、やはり留学をした方がより磨きやすいのは事実だろう。自ら異文化交流できる場所を必死で探す必要がない。異文化に身を置くのだから、機会はそこら中に転がっている。むしろ、予期しないタイミングで降りかかってくる。日本で異文化への理解を深めようとする際に気をつけるべき点がある。それは、日本で出会って話を聞いた外国人は、その国からたまたま日本に来ている1人の人でしかないということだ。その時に触れた異文化は、あくまで1人の人の解釈を通して覗いた世界なのだ。その一意見だけをもって、「この国はこんな国なんだ。」と判断してしまうようでは、むしろステレオタイプ的なものの見方を助長してしまう。このような点を考慮し、私は留学をしないで国際理解は「ある程度」進むという結論を出した。

やはり、百聞は一見に如かず。肌で感じる、異国の雰囲気というものは存在する。日本で主体的に行動し、異文化感性を磨いていくことはもちろん大切で有意義なことだが、少しでも留学に興味があるのであれば、私はぜひ「いってらっしゃい!」と言いたい。

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